家飲みと食事をちょっと贅沢に⑨  料理の塩加減で人に伝わるもの

家で料理をするとき、塩加減を迷うことがよくあると思う。

食べる人も一番感想を言いやすいところなので、薄いだの濃いだの色々といってくるだろう。

もちろん美味しいと感じるには、塩加減はとても大事だ。
そして、この塩梅の難しさは年齢や好みによっても、はたまた、その前に何を食べたかによっても大きく左右されてしまうところにある。

話変わって、高校生のとき、僕は居酒屋で働いていた。
いつも21時までしか働けなかったので店頭でずっと持ち帰り用の焼き鳥を焼く係だった。

そして毎回「お前はビクビクしながら、塩ふるな!カッコ悪いぞ!」と70歳前の体育会系の大将に怒られていた。

僕のこのビクビクしながら味付けをするクセみたいなものは、20代半ばまで続いた。

高校時代からいろんなところでバイトしたが、それが治ったきっかけは、どういうわけだか、また焼き鳥屋だった。 

ここの大将も70歳ぐらいで、ものすごく穏やかな人。

元巨人軍の桑田みたいに自分がやってのける一流の仕事の仕方をちゃんと人に説明できる人だった。

「君は一度しょっぱくて、とても食べられない焼き鳥を焼いてみた方がいい。」
 といって、僕自身がありえないと思うところまで塩を振って焼くことを勧めた。

それでもやはりビクビクする僕は、ちょっとしょっぱい程度の焼き鳥を焼いた。

でもこれで大将の目的は達成されていた。

「じゃぁ、そこから一番おいしいと思うところまで塩を減らしてみな。10本以内にビシッと決めてみるんだ。」
と言い残して行ってしまった。

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あとになって、これは料理人の教育としてよく使われる方法だということを知ったが、この考え方はいろんなことに通じると思う。

料理の塩加減も物事の塩梅や1番の融合点みたいなものも、必ずそのポイントに到達しないかぎり絶対に達成できないのだ。

たとえば、ゴルフのパターを例にあげてみる。

まず、パターで打ったボールがカップに入るためには、必ずそのカップに届かなければならない。
届くか通りすぎるかの強さでパターを打たないとならない。

そのカップを通過する強さで打たれたボールは、弾かれる可能性もあるがカップに入る可能性が残されている。

逆に、カップに届かないボールは、何度打ってもカップインする確率はゼロだ。

つまり塩がいつも足りないということは、永遠に美味しいものは出来ないことになる。

大将のいった、まずは、しょっぱすぎる焼き鳥をつくることは、美味しいものを作るための必要最低条件を一つクリアさせることでもあった。

しょっぱくなったらどうしよう? と考えて、いつもカップをオーバーしないようにパターを打っていた僕に、それじゃぁ一生カップインしないぞと言ってくれたのだ。

今でこそ、そりゃそうだと思うが、その当時は本当にハッとさせられた。

塩だけではない、胡椒なんかもそうだ。

弱気に控えめにかけていては、胡椒と食材のパフォーマンスを最大限に活かすことポイントまで到達しない。

もっと言うと、しょっぱくなりすぎないよう、味が濃くなりすぎないようにと考えて作った料理は、「ビクビクした味」になる。

それがなんとなくお客さんに伝わり、「どうですか?僕の作った料理?」とお伺いをたてた感じになる。

この自信のなさは、お店のいろんなところに現れて、繁盛する可能性は低くなる。

塩で味を決める時、ビクビクしないようにするために、ちょっと塩分のガイドラインを頭に入れておくことも気が楽になっていいかもしれない。

全て、料理・食材の質量に対しての塩分

何かに添えるもの ドレッシング、タレ   
3.5%
しっかり旨味を出すもの 焼き魚 漬物   
3.0%
ご飯と一緒に食べるもの カレー シチュー
1.5%
単品でも味わうもの   肉、魚のソテー 
1.0%
参考までに人間の血液の塩分濃度         
0.9%
それだけを飲み干せるもの 汁物              
0.6%

この数字を伝えると、今度はこれをしっかり守ろうとしすぎる料理の初心者が登場する。

今度は「ビクビクした味」の料理ではなく、「マジメな味」「きっちりした味」になっていく。

もちろん論理的に「きっちりした味だな。」というふうに感じるお客様はいないと思うが、「なんか面白くない店だな。」とか「普通だな。」と感じる。

本当ならいつもと違う、面白い、少しお酒がすすんじゃうお店に行きたいはずだ。

最終的には、やはりその人の感性で出来あがる、その人らしい他にはない料理を皆んな食べたいんだと思う。

法人の店舗の電気代見直し

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